理窓 2017年1月号
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201.環境に対する生体応答の理解から疾病予防へ 人が健康に天寿を全うする権利を守るためには、疾病の予防を実現していくことが重要な課題である。これまでの予防の成功を例にあげると、感染症に対してはワクチンの開発が、公害による疾病発症に対しては原因物質の環境放出の抑制が価値ある効果をもたらしてきた。しかし、生命に関わる疾病が、治療も予防も困難である例は今も数多い。教科書には疾病について観察された病態が詳細に載っていても、発症のメカニズムについて不明な点の多いことがその原因であろう。 特に筆者は、私たちの周りを取り巻く種々の環境要因が、生体に及ぼす影響を研究している。環境要因としては大気中の微小粒子PM2.5と、その中でも小さいナノ粒子を主な研究対象にしてきた。PM2.5及びナノ粒子に対する生体応答から疾病予防を目指す研究については、日本薬学会誌1)、ナノ粒子の体内動態のイメージング分析については日本バイオイメージング学会誌2) にそれぞれ日本語総説を出版したのでご参照頂きたい。本稿では、ナノ粒子の生体応答を軸とした筆者の研究の国際展開を紹介したい。2.デンマークの国立機関研究者との共同研究 ― 労働環境の向上で次世代の健康を守る 筆者は2005年より本学の武田健教授のご指導を仰ぎ、ナノ粒子の生体影響の研究を進めてきた。大気環境中のPM2.5が次世代の健康に及ぼす影響は、疫学レベルでは明確でない。しかし、PM2.5の中でも特にサイズの小さいナノ粒子の存在に注目し、これが次世代の健康に及ぼす影響を重要視すべきではないかということを、動物を観察して示したのが筆者らの研究成果である。次世代に及ぶ影響はつまり、ある個体にとって生まれる前の環境がその個体の発達・健康にどう作用するかということであり、そのメカニズムは複雑である。しかし、結果として起こる現象を一つ一つ追究していくと、現在は治療や予防が困難である疾病の病理、つまり「病のことわり」に迫れているのではないかという実感がある。 ナノ粒子の出生前曝露による次世代影響の研究について、継続的に研究成果を挙げているのは筆者らのほか、デンマークの国立機関のグループや米国の2、3の研究グループだけである。デンマークのグループは扱っている課題が筆者らと近く、言わば互いが競争相手 (competitor) とも言える存在であった。2013年10月に、現在は本学薬学部の市原学教授(当時は名古屋大学に所属)が主催された国際会議で、市原先生は筆者らと先方とを引き合わせて下さった。そのときの先方との、互いにどこか警戒をしながら議論をした独特の雰囲気は今でも忘れられない。しかし、ナノ粒子の生体影響メカニズムを明らかにして次世代の健康を守るという目的を果たすためには、彼らとの連携が鍵になるのではないかと筆者は考えた。何より、この研究に必要な容易でない実験ノウハウを共有できるグループと交流することは、研究を進める上で大きな武器になる。 そこで筆者は、先方の研究結果の一部を類似の実験で検証し、重要な部分を再現することに成功した。その事実を、2014年4月の国際会議で先方と再会したときに伝えたときの互いの雰囲気もまた、忘れられないものである。互いを警戒する雰囲気は氷解し、議論を重ね現在では共同研究を行う関係になった。先方の所属機関は国立の労働環境研究所であり、人の健康を守るための労働環境の管理・向上を目指すことをミッションとしている。日本でもデンマークでも現在、女性の就業研究・・開発最最前線(4)(4)梅澤梅澤  雅和雅和(平22薬・薬博)(平22薬・薬博)

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