理窓 2016年4月号
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16・4 理窓19「坊っちゃん賞」を受賞して「坊っちゃん賞」を受賞して-大いなる失言-山梨県立大学 理事瀧田 武彦(51理・数) 眩いばかりの脚光を浴びてという表現が似合う1月9日は、ホテルメトロポリタンエドモントの茶話会でのことでした。ステージはかつて慣れ親しんだ教壇と同じ高さでしたが、あまりの晴れがましさに身の竦む思いもあったのでしょうか、緊張に汗を拭うひとときでありました。 思い起こせば、かつて汗の吹き出す一コマがありました。それは高等学校数学科教諭として採用されてから十年あまりが過ぎた30歳代は中盤のこと、教科指導、部活動やホームルーム活動が充実していて楽しくて仕方ない毎日が重ねられているときでした。とある夕暮れのこと、管理職登用試験から戻った先輩が、その選考問題のコピーを職員室で配っておられたのです。「きみにはまだ早いが何かの参考に」との言葉に対して、遥かに年下のわたしはこう応じたのです。「私はホームルーム担任をするために教師になったのです。管理職になるつもりはありません。折角の御好意ですが結構です」と言って返そうとしたのです。先輩はすかさず「分かった、分かった。では教頭になっても担任をさせてあげるから受け取っておきなさい」と切り返してこられたのです。そう聞くや否や、わたしの発言が取り返しのつかない無礼なものであったことを悟り、吹き出す汗に濡れました。修羅と化しても不思議ではない場面にも拘わらず、コピーを受け取った人も暴言を吐いた私をも傷つけぬように配慮された温かな言葉をその場面とともに鮮烈に記憶しています。この大いなる失言は、本来恥じ入るべきものですが、今は肝に銘じて貴重な財産の一つと考えているところです。 このサブタイトル-大いなる失言-は、元アメリカ大統領補佐官ブレジンスキー氏が1980年代末に書かれた本のタイトル-大いなる失敗-を捩ったものです。この書は、平成23年に日本教育新聞の囲み記事「人づくり国づくり」の中で、大学時代の恩師である故山口誠一教授とともに紹介させていただきました。その後の東西冷戦終結やベルリンの壁崩壊を予見し、さらに平和は一時的であって、民族紛争や宗教対立が世界を席巻するというものでした。出版後十年以上もその通りに展開する世界情勢を目の当たりにして、著者の先見性に驚かされると同時にアメリカ合衆国の厚い指導者層に敬意を払うものとなりました。 失言時代に続いて出会ったこの書もやはり宝ものの一つです。犯した失敗や失言には、困難な課題に直面した場面と共通するものがあります。その恢復や解決に向かって工夫や改善に取り組むことが必要とされます。本を読み重ね、人に接しながら、目を開き、耳をそばだてて情報を集め、思いを巡らすことによって的確な判断をくだすように努めることが重要だと考えています。 振り返ると、18年のホームルーム担任後には学年主任、教務主任、指導主事、高校教育課課長、県立高等学校校長を経て、山梨県教育委員会教育長を務めさせていただきました。気付くと、先の失言から私を救ってくださった、かの先輩と全く同じ道を歩んでいるのです。この間に教頭の職にもありましたが、もちろん担任を兼務などといった的はずれな狙いは叶いませんでした。しかし、一教師を生涯貫くことを願い、言霊ともいわれる言の葉を大切にしてきたつもりでいます。 結びに、名誉ある坊っちゃん賞受賞という慶事を契機に、改めて人の役に立つことを追い求める日々を創造してゆくことを誓う今日であります。

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