語ることから始めよう

はじめに

学部ではレーダー画像のノイズ除去、修士では話者認識の研究に取り組んだ。バブル崩壊直後にNTT入社。以来一貫して公開鍵暗号の研究に取り組んできた。後輩の皆さんのキャリアプランの参考になることを祈りつつ、28年間の研究歴を振り返ってみよう。

研究分野としての暗号・情報セキュリティ

暗号・情報セキュリティは数論や計算量理論が活躍する基礎研究と工学的な視点を必要とする応用研究が混然とした境界分野である。現代暗号は単に秘匿だけでなく様々な意味での認証機能も実現しているため、暗号方式自体の研究だけではなく、匿名電子投票やブロックチェーンのような高度な応用を含む多様な研究テーマがある。私の場合は、実用・応用研究から始まって、次第に基礎的なテーマへと向かっていった。入社直後は暗号機能を搭載したチップの開発に従事した。通信相手と事前に暗証番号を打合せなくても安全に暗号通信できる機能をFAXに搭載して大いに喜んだが、誤ってかけた相手にも自動的に送信されてしまうのでは困るとユーザから苦情を受けた。これが安全とはどういうことかを深く考えるきっかけとなった。ある暗号や署名方式が安全であることと、それらが使われるシステムが安全であることは意味が異なる。また、安全な暗号があっても、使い方を誤れば出来上がったシステムは安全にならない。暗号を使ったシステム設計の難しさがそこにある。

留学と海外勤務

開発が一段落した入社3年目にスイス連邦工科大学へ留学する機会を頂いた。電子投票などで使われる署名方式の研究や、複数人が秘密を持ち寄って協調計算するマルチパーティープロトコルの研究に取り組んだ。厳しい指導を頂いたが成果は上がらず、失敗もあって悔しさで数日眠れないこともあった。しかし、振り返ってみれば留学は弾込めの期間であって、そこで学んだ技術はその後数年間の研究に大いに役立っていた。また、現地で築いた友人関係は現在でも貴重な財産である。当時の友人の多くは大学教授や研究組織の長となり、優秀な学生を日本に送り込んでくれている。

入社11年目から約2年間は北米一の暗号研究拠点であったIBMワトソン研究所に滞在して、システム全体が意図した安全性を持つことを証明する技法をその提唱者の下で学んだ。研究所のある米国東海岸にはMITなど有力大学が多く、最新の結果をすぐに共有するなど、研究者のつながりが強かった。ここでもまた人間関係の構築が大きな財産となった。

理論研究と生産性

その後、上位のアプリケーションに組み込みやすい群構造維持という特性をもつディジタル署名の概念を提唱し、そのような署名方式の効率の限界を解析する研究を主導した。当初はそれほど広がりのある研究対象とは思っていなかったが、次々と興味深い問題が掘り起こされ、気づけば関連研究も含めて10年近くそのテーマを探求していた。

最近では、ある種の暗号方式が構成できないことを示す不可能性証明の研究など、より理論的なテーマに取り組んでいる。不可能性の研究なんて何の役に立つのか分かりにくい上に、モノができるわけではないので非生産的と思われるかもしれないが、できないということを知ることで無駄な研究開発を回避し、ターゲットの機能を少し変更したり求める安全性を緩和したりして新たな構成を模索することにつながる重要なテーマなのである。我が家の豆柴犬は一日中寝ている上に散歩と食事を要求するので、生産性はゼロどころかマイナス。しかし、家族のだれもがその存在に癒され家庭内が安定するという、人間にはなかなかできない重要な成果を上げているのだ。見えやすく分かりやすいことだけを評価することの危うさを教えてくれる実例だと思っている。

やりたいこととやれること

大目標の達成に向けて研究を積み上げてきた、という感動的な話ではなく、むしろ小さな部品を幾つも地道に磨き上げて大きなものに使えるようにしてきた、ということだ。それでも一つの分野で息の長い研究に取り組めたのは、それを許す社風や職場の人間関係に恵まれて理解が得られたからだ。思えば、当時の理科大生の例にもれず英語の成績が芳しくなかったため、学部の先生から「留学なんて軽い気持ちで言うな」とお叱りを受けたことがあった。いやいや、口にしなければ始まらない。やりたいことがあれば準備ができる前からやりたいと言ってみる。動機や目標がぼんやりでも、やりたいという気持ちが重要だ。誰かが聞いていて、機会はいつかやってくる。それまでに準備ができて、やりたいこと=やれること、になれば良いのだ。

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