「日本の女性科学者展」開かれる~近代科学資料館~

夏の企画展は、男女が平等に高等教育を受けられなかった社会の中で、高い志を持ち女性科学者となった先駆的女性科学者の業績と研究を紹介した。帝国大学への入学は、男子のみ進学できる高等学校を卒業することが条件であった中、1913(大正2)年に東北帝国大学が女子に門戸を開放し、丹下ウメ(日本女子大学出身)、黒田チカ(お茶の水女子大学出身)ら3名が日本初の女子大生となった。東北大学には、文部省から「女子の入学とは一大事件であり、再考せよ」という文書が残っており、女子大生の誕生がいかに社会的に受け入れ難い状況だったかを示す貴重な資料だ。

入試選抜問題も東北大学の回答文書として偶然にも残っている。試験問題を物理学科の現役生が解き展示した。

8人の中には本学ゆかりの数学者もいた。北海道余市郡出身で小樽高女を卒業後、1931(昭和6)年東京物理学校聴講生として森本清吾から指導を受け、北海道大学理学部の初の女性教授となった桂田芳枝である。

ビタミンB2(丹下ウメ)、石炭(保井コノ)、紅花(黒田チカ)、お茶(辻村みちよ)、分光分析(加藤セチ)、β崩壊(湯浅年子)、幾何学(桂田芳枝)、海水分析(猿橋勝子)と各科学者関連テーマを学生1人が担当し、家庭でできる科学実験の準備をした。自ら調べ、器具や試薬まで考え、予備実験を行ったが、期待した反応が起こらず失敗を繰り返した。

お客様からは「すばらしい先達のことがわかった。」「女性の理系(リケ女)が昔から活躍していたことを知り頼もしく感じた。」「入学試験の内容や昔の履歴書が印象深い。」と感想が寄せられた。

秋の企画展では「明治時代の物理学教育における東京物理学校が果たした役割」を紹介します。

ぜひとも神楽坂キャンパスの一番背の高い1号館の裏手にある近代科学資料館へお立ち寄りください。

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