大村智記念展示室 2022年10月26日 OPEN

東京理科大学特別栄誉博士の大村智先生は、わが国3人目のノーベル生理学・医学賞を2015(平成27)年に受賞されました。大村智先生のこれまでのご功績を称えて昨年(2022年)10月26日近代科学資料館内に「大村智記念展示室」をオープンしました。

開所式での大村先生のご挨拶
 東京理科大学のシンボルとも言うべき近代科学資料館内に、私の記念展示室を開設して頂き光栄なことです。通常は故人となった人物の評価が定まったところで有志によって企画されることが多いのですが、本人がこのように話ができる人物の記念室が用意され、一般公開されることは極めて異例なことであると思います。おもはゆさとありがたさ、そしてこの様にして頂くほどの半生だったかと戸惑いながら、今、ノーベル賞の重みをあらためて感じています。私が化学者としての基礎、つまり実験技術であるとか、研究テーマの選定や見極め、研究成果の発表、研究者間の交流などの基本を身に付けることができたのは都築洋次郎先生と森信雄先生のもとで学ばせて頂いた本学の大学院理学研究科修士課程でのことであります。それまでは教科書の内容を覚えることのみでありました。それも大事なことですが、研究者としての資質は理科大での学びにあったと思います。修士課程の2年間の研究テーマが実を結ばず、1年延長させていただいたことが、その後の研究を飛躍的に発展させることになったことなどの経験は、研究のみならず、人生の歩みの中にも生かされてきたと思います。つまり一見、つまずいたように思うことがあっても、そのつまずきがかえって後に役立つことになった経験など、若い研究者にも勇気づける事にもなればと思います。そんなことも、生徒や学生のみなさんがこの展示室で学んでいただければと思っております。私がノーベル賞を受賞した折には、理科大学をあげて祝福してくださり、校舎にはお祝いの大きな垂れ幕を用意してくださり、葛飾キャンパスの歩道の敷石に慶賀を刻んでいただき、また、近くの地下鉄の駅の通路の壁には、大きな私の肖像が架されていたと聞いております。このようなことなどを見聞きするにつきまして、夜間高校で教鞭をとりながら、理科大で学ばせていただいたことは、いまでも鮮明に思い出されます。そして、このような展示室で、自身の過去を振り返ってみるとき、苦学生として在籍させていただいた理科大への深い感謝が湧いてきました。終わりにあたりまして、この度はこのような立派な記念展示室を設置して頂けましたことに、心より感謝申し上げ、お礼の言葉とさせていただきます。

近代科学資料館長からご挨拶

 大村智先生のノーベル賞受賞の主な理由は、「線虫感染症の新しい治療法の発見」です。大村先生の本格的な研究生活のスタートは、東京理科大学の大学院(1960年修士課程入学)です。理学研究科の化学科第八(都築洋次郎先生)研究室に入り、当時講師だった森信雄先生の指導のもと、当時、日本に1台しかなかった高性能の核磁気共鳴装置(NMR)を用い、有機化合物の構造決定の知識や技術を身に付けられました。そして1963年に修士課程を修了されました。東京理科大大学院修了後、故郷の山梨大学工学部発酵生産学科の助手を経て、化学と微生物の両方を生かせる研究環境を求め、北里研究所へ移り、NMRを駆使して構造を決定する研究を続けて、抗生物質としてすでに使われていたロイコマイシン、スピラマイシン、タイロシンなどのマクロライド抗生物質の構造を次々と解明されました。その後、微生物が生産する化合物の探索研究により、アフリカを中心に世界中の4億人以上の人間の命を救っている「イベルメクチン」の他、520種以上の新しい化合物を発見され、また放線菌の初めてのゲノム解析に成功されました。
今、学究生活を過ごしている若き科学者のみなさんや、また、特に化学や薬学系の理学を志す中高校生のみなさんの道しるべとなれば幸いです。大村先生の多岐にわたる長年のご功績を、この研究の原点となる神楽坂の学び舎でどうぞゆっくりご覧ください。

東京理科大学 近代科学資料館 館長 伊藤 稔

展示内容

Ⅰ 世界を救った業績でノーベル賞 ―微生物から抗生物質を作る―

1.ノーベル賞受賞について:伊豆の土壌から発見した微生物が作る物質「エバーメクチン」を基に、熱帯感染症の特効薬「イベルメクチン」を開発し、2億人を河川盲目症から救ったことでノーベル賞を受賞
2.イベルメクチンの発見・合成について:新しい生物活性物質の探査研究について紹介
3.イベルメクチンはどのように寄生虫に効くのか神経に作用するメカニズムを図解で紹介
4.大村智博士の研究チームが発見した500種以上の化合物:イベルメクチンのみならずAからZまで揃っている520種にもおよぶ化合物を紹介

◆映像『TUSフォーラム2021』(編集版)
2021年に行われた140周年記念の大村智博士の特別記念講演「イベルメクチンの過去・現在・未来」から理科大大学院での研究の日々などを抜粋
◆映像『地球からの贈り物』
A GIFT FROM THE EARTH BBC放送(編集版)
イベルメクチンは年間4億人余りの人々を失明から救い、リンパ系フィラリア症、糞線虫症などにも有効であることを紹介(北里研究所提供)

Ⅱ 学びを深める 東京理科大学での出会い ―分子構造を決定するNMR―

 1960(昭和35)年4月から、昼は大学院の講義に出席し文献を読み、夜は墨田工業高校夜間部で化学と保健体育の先生でした。「グルコースの誘導体で界面活性を有する化合物を作る研究」で修士論文を書いていた頃、同じ研究を他大学の教授に論文発表されてしまい、オリジナリティのない論文を修士論文にしたくなかったため、都築先生に一年間の大学院留年を許してもらい、「オキシ酸類や糖の立体構造について核磁気共鳴装置(NMR)を使って分析する研究」に取り組まれたこと。当時はNMRの操作やデータの解析は新しい分野であり、NMRを使い化学物質分析を行ったことを森先生とともに1963年から2年間に7報を CSJ Journalsに発表されました。
本展示室では当時のCSJ JournalsやNMR実機を展示し分析機器能力の進化を紹介しています。

Ⅲ 理学を志す理学生たちへメッセージ
◆映像『SPECIAL TALK』
 大村智博士が大学院時代に解析結果をとるためにNMRを長時間にわたり調整していた経験談。現役学生からの実験時の培養条件についての質問に対する丁寧な応答、加えてアートとサイエンスの共通点について等の貴重な映像を上映しています。

◆新年の言葉を紹介
「望みを捨てない者だけに道は開かれる」2021年
先が見えないことでも、諦めず一生懸命にやっていれば、いつか必ずいい結果につながることを覚えておいてほしい。長い研究生活の中では、予想がはずれたり、多くの失敗も経験しました。しかし必ず成功するはずだと信じて、失敗にめげず努力をしてきた結果、ノーベル賞を受賞することができました。

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