基礎研究を推し進める東京理科大学の優れた研究所を訪ねて(第8回) 研究推進機構 生命医科学研究所(3)【生体運命制御部門編】

生命医科学研究所の生体運命制御部門を訪問し部門主任の後飯塚僚教授と櫻井雅之講師にお話を伺った。

【部門のミッション】
発生から死という生命の時間軸各段階における生命現象の変化と機構を、生体分子、ゲノム、RNA、タンパク質、細胞、組織、生体とミクロ~マクロの各階層から理解し、解析と制御の新技術開発に取り組んでいます。

◇後飯塚僚 研究室
後飯塚教授は大学全体の実験動物委員会委員長である。というのも、彼はもともと犬や猫などの小動物の内科臨床、特に癌や自己免疫病などの難病を専門とする獣医師であり、東京大学の獣医病院で助手として勤務していた経験がある。その頃の獣医の治療は、医学の飛躍的な進歩と比べて、後塵を拝していると考えた彼は一念発起し、オリジナルな研究を行う決心をして、抗体を分泌する免疫細胞の発見者であるアラバマ大学のクーパー博士の研究室に留学した。そこでヤツメウナギ、カエル、ニワトリなど多種多様な動物の免疫系の研究が実は比較生物学的観点からヒトの医学研究に多大なインパクトを与えることを学び、1995年に帰国後、東大獣医を辞し、基礎研究を始めることにした。折りしも、免疫学の大御所である多田富雄東大名誉教授が生命医科学研究所の所長として就任された時期であり、その縁もあって、本研究所で研究を始めることとなった。多田所長の退任後は「発生及び老化研究部門」を引き継ぎ、部門改変後は、「生体運命制御部門」として現在に至っている。

図 : 胎児期に発生した脾臓という組織の血管周囲細胞(赤)は老化赤血球を処理する細胞(緑)を留める「場」として機能している。

さて、研究の内容であるが、最近は、妊娠期の母体環境(肥満、喫煙やアレルギー)が胎児に与える影響、すなわち、胎児が産まれ、成人し、老人になる過程で、様々な生活習慣病などの疾患リスクとなる可能性について焦点を当てている。特に、生体防御を担う免疫系では胎児の免疫系が大人になっても生涯維持されていることは知られていたが、それがどのように維持され、自己免疫のような病気や感染防御でどのような役割を果たしているか、明らかになっていなかった。確かに、受精~胎児期〜若年成人期〜成人以降とライフタイムは長い。だから、初期段階の影響と中後期で起こる病気との明確な因果関係を証明することは困難を極めるのは想像に難くない。そこで、後飯塚の研究室では、遺伝学的な方法を使って、大人の身体の中で、胎児に由来する免疫細胞と大人になってからできた免疫細胞を識別して、その機能を解析できるシステムを確立したところである。この独自のシステムを使って、これから、親と子供という世代間の遺伝的な繋がりだけでなく、子供を包む環境としての繋がりを明確にし、次世代の病気の発症リスクの診断や妊娠期の予防医療に貢献していくということである。

◇櫻井雅之 研究室
櫻井研究室では核酸の分子生物学を研究している。櫻井講師自身は化学生命を大学では専攻していた。そして生命が身の回りに含まれる炭素、水素、酸素、窒素や硫黄などの元素から構成される驚き。核酸化学構造があたかも文字として遺伝子の設計図を記述している不思議。この遺伝暗号が読み解かれて、アミノ酸の連結により数万種類のタンパク質が構築される精密さ。タンパク質がさらに緻密な立体構造により酵素として化学反応を触媒し、産生される化学分子が核酸やタンパク質の材料となるという良く出来たシステム。これらが数万以上にわたる種類を持ち、無限にも思える組み合わせの相互作用により生命現象が担われている、未だに全容にはほど遠い生命科学。これらに魅せられ、分子生物学の研究者に憧れ、今に至る。

図 : 遺伝子を変えるA-to-I編集 : アデノシン(A)の脱アミノ化によるイノシン(I)への編集。細胞内の二本鎖核酸(青色のRNA鎖 : 灰色のDNA鎖またはRNA鎖)を基質とする。

当研究室では分子生物学の基本である「生命のセントラルドグマ」である、DNAから適宜必要な遺伝子をRNAへと転写し、機能発現体であるタンパク質を産生する遺伝子発現の流れを研究している。遺伝子情報そのものであるDNAとRNAを構成する4種の塩基、A、 G、 C、 TまたはUの化学構造を酵素的に修飾・編集する機構が備わっている。現在我々はアデノシン(A)の脱アミノ化反応によるイノシン(I、Ino)へのA-to-I 編集機構に注目している。Inoへの編集は塩基対形成能をも変化させ、遺伝子情報上でAからGへの編集と同じ効果を持つ。A-to-I編集を担う酵素ADARはこれまで二本鎖RNAのみを基質とすると考えられていた。しかし近年我々はADARがDNA:RNAハイブリッド二本鎖をも基質とし、DNA編集能を持つことを発見した(図)。現在、櫻井研ではRNA主導型DNAおよびRNAの編集による遺伝子配列の最適化制御網をノヴァエピヌクレオームとし、その細胞運命の制御機構を主題としている。特にDNA:RNA鎖を基質としたDNAのアデノシン脱アミノ化によるIno化の分子機構と生物学的意義、その破綻を原因とする細胞がん化及び疾患発症のメカニズムの解明、これらを可能とする技術開発を進めている。

関連記事

ページ上部へ戻る